どういう先生が良い先生かというと、もちろん結論などない。

どういう生徒が良い生徒かというと、結論などないのと同じように。

ただ先生の理想というか、あるべき姿として語られたきた経緯は存在する。

「二十四の瞳」という永遠の名作がある。この作品に登場する大石先生とその子供たちが教育のあるべき定型として何度も語り継がれてきたように思うが、

この大石先生が無能で無力である、というのだ。内田樹という哲学者がそのことを自身でも突然気がついた体でそう語っている。

何もできない先生であると。

問題が生じても何も解決できないし、指導力も皆無。ただ子どもたちの立場に立ってオロオロするばかり、あるいはグズグズ泣くばかりであると。

確かにそうです。ただ子どもたちの前に立ち、子どもたちに寄り添って、同じように悩んだりしているだけであると。

教師としてのスキルはほとんどない。

どういう先生であればよいのかというと、もちろん結論はないな。