年に一度、ダンス部の保護者の皆様に集まっていただいております。何と呼べば適切なのかわかりませんが、保護者の方に集まっていただく会です。
一条高校ダンス部には保護者会という独立した組織は存在しません。今日のこのような形で集まっていただいて、ダンス部保護者間の連携や交流を取っていただく機会になればと考えます。
そして大会やライブなどでお子さんの躍る姿を観ていただければよいなと思っております。
今日のこの会合、原型は引退ライブのあとのちょっとした集まりでした。10人ほどのその日引退した3年生の保護者の方に集まっていただき、講堂の一角で円になってしばし歓談するような形式でした。
2009年の6月、一条高校に赴任し、ダンス部の顧問になり3ヶ月あまり、引退ライブを終えた3年生から大きな花束をもらいました。顧問の俺が花束をもらってどうする?ということですが、その時の3年生の精一杯の気持ちだったのだろうと思います。
そのあとの3年生の保護者の方々の言葉も忘れられません。
一生懸命に子どもたちは踊っているのに、応援してもらえない。学校の中でダンス部が認めてもらっていない。という声でした。ほとんどの保護者が涙を流しておられたので、顧問としてはその真意がどこにあるのかその時は正直わかりませんでした。
いったいどういうことなのか。
土日の練習も学校ではせず、保護者が付き添ってダンス部を名乗らずに名前を変えて校外でおこなっていました。
いったいどういうことなんだろうか。
野球部の応援もサッカー部の応援もダンス部は来なくてよい、来ないでほしい、と。
なので野球部の応援もサッカー部の応援も連れて行きました。ダンス部として連れて行って応援し、俺たちも野球部が甲子園を目指しているように、サッカー部が国立を目指しているように、俺たちダンス部も全国大会を目指して踊ろうと。
それでこそダンス部ではないか。
しかしながらどんな大会があるのかさえもわからない、そんな時代です。
いろいろと必死で調べて次の年2010年の6月、ダンスドリルという大会の予選に出場し、関西大会で一位になり全国大会出場を決めます。現在の一条高校ダンス部、佐々野コーチが2年生の時です。
まるで映画を観ているかのような展開でした。
ところがこの年の引退ライブのあとの保護者会ではずいぶんと叩かれました。3年生の保護者だけではなく2年生1年生の保護者にも来てもらっての保護者会です。
なぜ、練習場所が駐車場なのか。
なぜ、技術指導できる指導者がいないのか。
なぜ、なぜ、と。
これで高校の部活動なのか。これでは同好会並なんじゃないのかと。
おっしゃる通り。
その時は3年生の保護者の皆様から顧問の擁護をしてもらうという結果になりました。そんなことはない、先生を責めるのは違いますよと。
いろいろあります。この仕事をしているともちろんいいこともあるし、そうでないことも。そうやってなんとかここまで持ちこたえて今日があります。
そうして毎年、いちど集まっていただいて、出来るだけ多くの保護者の方々からの声を聞かせていただきたいと考えています。そしてその声が保護者同士の共鳴となっていくだろうと確信いたしております。
教員の役割は出来るだけ小さいほうがよい、というのが哲学でもある。
場を設けるのがいちばんの仕事であると。
同じ境遇にあるもの達の声が互いを支え合い、励まし合い、頼りになる、と考えているからです。子どもたちのあいだでも保護者同士のあいだでも、人間の世界はそのような原理で動くものであり、その原理を生かすしかあるまいとそう考えます。
一条高校のダンス部に入りたい。一条のダンス部にあこがれていた。という声をたくさん聞かせていただきました。これにまさる声はありません。
こどもたちのあこがれをなんとか必死のパッチで支援サポートしたいと思います。
それが一条高校ダンス部顧問の仕事ということになります。
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