本来なら大会に向けて代表選手を選ぶ、そのための選抜審査をおこなっております。毎年毎回やっている。大会に向けて、選手を選抜する。

ダンスの場合、ダンス部の場合、どのような形で大会に出場すればよいかは、その学校ごとにある一定の範囲でその判断は委ねられる。

つまり人数などのある程度の制限は設けられておるが、何人でどの部門に出るかはその学校で決めることになる。

ダンススタジアムの新人戦の場合であれば、12人までならスモールクラス。それ以上ならビッグクラスでの出場となります。ビッグクラスなら18人でもよいし、27人でもよいし、45人でもよい。

そして実際それぐらいの人数幅がある中で大会が実行されることとなる。

新人戦は、1年生だけが出場できる大会となるので一条高校であれば過去最大数を誇る24人が出場資格をもっており、その中から選抜をして技量の高い上位の7人で出場する。スモールクラスで。

そして優勝を目指す。

という出場形態も可能。部活動という性質上そのような厳しい選択が求められる。

そのような考え方がないわけではない。それでもよいのだろう。だが実際には、実際にはやはり現実的な出場形態とはいえない。

野球であれば9人というレギュラー枠が厳然たる定理として存在するが、ダンスの場合はその選択権がこちら側に置かれているので、自然の摂理としてできるだけ多くの部員に出場機会を与えてやりたいとも考えるし、第一に日々の練習を考えると、部員みんなで同じ課題に取り組むことが、部全体としても高い熱量を維持したままその日の活動に向き合える、ということになる。

生徒一人一人の成長にも確実につながる。

などなど様々な状況の中から、そのときもっとも力を発揮できると思われる出場のあり方をその都度模索しなければならん、という訳です。

そしてそこでは出来うる限りの理想主義を貫ければ、貫いて行ければよい、そうしたい、そうしようと思っております。

現実を見据えながら、理想主義を貫く。

理想を貫いて現実のものとする。そこではアイディアリズムが大切であり、欠くことができないと考えております。

未だ見ぬ、未だここに存在せぬものを追い求めること、が我々の実践の根幹をなしておるのであれば、そこには理想主義の周知徹底が不可欠です。

つまりですな。

それは全員で上手くなる。部員全員で技量を格段に上げていく、ということでしかない。

という倫理哲学的なアイディアリズムという観念論を根拠に、先日おこなったのが1年生新人戦に向けたダンスの審査会でした。

まあいろいろと理屈を並べましたが、ひとことで言うともっと全員上手くなる必要があるな、ということです。それ以上でもそれ以下でもない。